親が徘徊をしていたら…… 「徘徊裁判」に思う

【朝日新聞 2013.10.15(水)記者有論】

 しばらくまえ、列車にはねられて死亡した認知症男性の遺族が、振り替え輸送にかかった費用など720万円を鉄道会社に支払うよう命じる裁判判決がありました。自宅で介護していた妻が「目を離さず見守ることを怠った」ことに過失があるとされました。
 認知症462万人(厚労省研究班の推計)といわれる時代、認知症家族を抱える人びと、とくに徘徊する人を抱える家庭に、衝撃が走りました。


 この日の記事で編集委員の友野賀世記者が、コラムを寄せています。
 
 カギをかけない限り、出歩いてしまうことを完璧に防ぐ見守りは無理。
 閉じ込めたために興奮して暴れたり騒ぐ例は珍しくない。法務省の高齢者虐待にかんする冊子でも「部屋への閉じ込め」は虐待にあたる。厚労省のルールでも行動を制限できるのは緊急やむをえない場合だけとされている。
 介護は本人の意向を尊重する方向に進んできたのに、それだけ介護家族の監督責任が問われてしまうのでは理不尽。
 
 こうした点をふまえて、つぎのような提言をしています。
 
 介護する人になにもかも押しつけておしまい、としないことが必要。地域で見守る体制を作る。そうすれば事故も減らせる。すでに取り組んでいる自治体の例も参考になる(福岡県大牟田市)。鉄道会社も踏み込んだ事故防止策をとってほしい。
 それでも事故は起こるし、損害請求もしかたがない。多くの人で支え合う保険などの仕組みを考えていく必要があるのでは。

 見守りを一方的に家族に押しつけるこの判決には、批判もわき起こっています。自分の親が徘徊をしていたら……と考えると(実際そういう状況にある人もいらっしゃるでしょう)、他人事ではない問題です。
 介護家族が少しずつのお金を出し合って万一に備える、共済保険のような仕組みも大切ですね。自賠責のように、国で行なう必要もあるかもしれません。


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